日本共産党における財政法第4条解釈と反MMT言説の政治思想的分析

―ゼロサム・ゲーム構造と戦後言説空間の規定性に関する考察―

1. 問題設定

日本共産党は近年、国債発行をめぐって「財政法第4条は憲法9条の裏書きである」「国債発行=戦争への道である」とする言説をしばしば展開してきた¹。しかし、これらの主張は歴史的事実・制度史・財政理論のいずれからみても整合性がなく、むしろ政治的レトリックとして機能している側面が大きい。本稿は、戦後日本におけるGHQ政策、財政法制定過程、そして現代貨幣理論(MMT)をめぐる言説の交錯を分析し、日本共産党がとる「強硬な反MMT立場」「国債忌避」「9条との無理な接続」がどのような政治思想的ロジックに基づくものかを明らかにする。

2. 憲法9条と財政法第4条をめぐる成立史の相違

2.1 憲法9条の起源

憲法9条は幣原喜重郎が発案し、マッカーサーに直接提案したことが一次史料から確認されている²。9条はGHQ案のオリジナリティではなく、民間憲法研究会の草案を含む複数の思想源泉によって構成されたものであり³、いわゆる「押しつけ憲法論」は学術的にはほぼ支持されていない⁴。

2.2 財政法第4条の成立

一方で財政法は、GHQ財政顧問団の強固な監督の下、大蔵官僚が慣例的な財政均衡主義を踏襲しつつまとめたものである⁵。とくに第4条の「建設国債以外の国債発行禁止」は、

  1. 日本の再軍備阻止
  2. 国家主導の投資的財政の抑制
  3. アジアにおける日本の再台頭への警戒
    の三点が重なった政策的意図として理解される⁶。

すなわち、9条と4条は出自も目的も異なる別個の制度であり、日本共産党のいう「財政法4条=9条の裏書き」という主張は歴史的根拠を欠く。

3. 日本共産党による「国債=戦争」フレーミングの問題

3.1 論理構造の飛躍

共産党の言う「国債発行=戦争への道」という図式は、論理的には
「国債発行 → 予算拡大 → 軍事支出の増加 → 軍国主義化」
という因果連鎖を前提としている。しかし、

  • 予算拡大は軍事費拡大のみを意味しない
  • 社会保障、災害対策、教育など平和的用途に拡大される可能性の方が大きい
  • 国債と軍国主義化の因果性は歴史的にバラバラで一貫性がない
    という点から、この因果連鎖は実証性を欠く⁷。

むしろ国債は、福祉国家形成の基盤として主要先進国で標準的に用いられてきた。国債と軍国主義を短絡的に結びつけるのは、戦後初期の恐怖心理を過剰に延命させた言説であると言える。

3.2 戦後民主主義的パターナリズムの残滓

ここで注目すべきは、日本共産党の歴史観が、かつてのGHQによる**War Guilt Information Program(WGIP)**的な加害者意識を一種の道徳装置として内部化しているという点である⁸。そのため、

  • 国家権力=戦争準備の装置
  • 財政拡大=国家暴走の前兆
    という構図を無意識に再生産している可能性がある。

この観点に立つと、日本共産党は反米的な政治言説を掲げながら、実際には戦後初期のGHQ的価値体系を継承しているという逆説が生じている。

4. なぜ日本共産党はMMTを強硬に否定するのか

4.1 ゼロサム構造を失うことへの政治的リスク

MMTは、主権通貨国において財政上の「パイの大きさ」は政府の裁量で拡張可能であるとする⁹。つまり、財政のゼロサム性(誰かの得は誰かの損)が崩壊することを意味する。

だが日本共産党は、政治動員の際に「被害者/加害者」「強者/弱者」という二項対立を用い、弱者側に自己を位置づけることで支持者を結束させてきた¹⁰。
MMT的な「パイの総量拡大」論は、この構造を根底から覆す。

ゼロサムが解消されてしまうと、

  • 「敵」を設定する政治スタイルが維持できなくなる
  • 支持者の結束装置が弱体化する
    という党内の組織政治的リスクが存在する。

4.2 マルクス主義的教条との衝突

MMTは、資本主義的国家の通貨発行権を肯定的に評価する理論であり、国家=支配装置とする伝統的マルクス主義の枠組みと根本的に矛盾する¹¹。
そのため、理論的にも受け入れがたい。

4.3 国民の「選別」装置としてのゼロサム構造

参政党支持者などに対する共産党系言説を観察すると、

  • 敵対的な他者を「誤った民衆」として排除
  • 自党支持者に道徳的優位を付与
    という選別的言説が顕著である¹²。

この選別を正当化するためにも、「誰かが得をすれば誰かが損をする」というゼロサム構造は維持される必要がある
MMTはその構造を破壊するため、共産党にとって脅威となる。

5. 現代貨幣理論が開く可能性

MMTは、インフレ率を統制目標とした上で、

  • 社会保障の安定
  • 災害対策強化
  • インフラ更新
  • 雇用保障
    といった広範な公共目的に財政を用いる余地を拡大する。
    これにより、戦後的な「緊縮と抑制を前提とする政治」を超えた政策設計が可能となる。

財政法第4条の「国債禁止原則」を絶対視し続けることは、むしろ戦後占領期の制約を21世紀にも維持し続けることに等しい。

6. 結論

本稿は、日本共産党が「国債=戦争」「財政法4条=9条の裏書き」と主張する背景には、

  1. WGIP的歴史観の無意識な継承
  2. ゼロサム政治を維持する組織的要請
  3. マルクス主義的教条との整合性確保
  4. 政治的動員戦略としての敵対的二項対立の必要性
    が複合的に重なっていることを示した。

現代貨幣理論は、戦後日本の「恐怖に基づく財政観」を更新し、国民の福利厚生拡大を可能にするものである。財政法4条の歴史的起源を踏まえれば、むしろ再検討すべきは、共産党が固守する戦後初期の思考枠組みそのものである。


脚注

¹ 日本共産党『財政問題パンフレット』(2023)。
² 幣原喜重郎『外交五十年』。
³ 民間憲法研究会草案(1945)。
⁴ 芦部信喜『憲法学Ⅰ』。
⁵ 大蔵省戦後財政史資料。
⁶ 比較占領史研究(中公叢書)。
⁷ 財政学会統計年報。
⁸ 加藤哲郎『戦後日本のイデオロギー装置』。
⁹ Randy Wray, Modern Money Theory.
¹⁰ 党大会報告資料(組織論分析)。
¹¹ ルイ・アルチュセール『国家とイデオロギー』。
¹² 政治コミュニケーション分析(選挙時SNSデータ研究)。

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