――移民問題をめぐる善意の独善化――
はじめに
ドイツのアンゲラ・メルケル政権が大量の難民受け入れを決断した際、それは第二次世界大戦における加害の記憶を背負う国家としての「人道的責務」であり、「開かれた社会」の理念の体現として評価された。しかし同時に、ドイツ国内では社会的緊張の高まりと文化的摩擦が顕在化し、寛容の理念が現実の社会統合を脅かす逆説を露呈した。
この現象は、日本における左派リベラリズムの傾向にも一定の相似を見出すことができる。すなわち、戦後の「加害の反省」と「国際的平和主義」の延長線上にある人道的立場から、移民・難民の受け入れを積極的に唱える一方で、その政策的懸念や文化的衝突への言及を行う者を「排外主義者」や「差別主義者」として断罪する傾向である。ここに、理念としてのリベラリズムが、現実を抑圧する言論統制の装置へと転化する危険性が見られる。
本稿では、このような「寛容の名による不寛容」の構造を批判的に検討し、現代日本におけるリベラリズムの倒錯的様相を明らかにすることを目的とする。
道徳的優位の政治とポリティカル・コレクトネス
現代の左派的言説は、「人権」「平等」「多文化共生」といった普遍的価値を根拠に、その道徳的優位を自己正当化の装置として機能させている。ここでは、異論を唱える立場はしばしば「倫理的に劣った存在」として排除される。ポリティカル・コレクトネス(以下ポリコレ)は、本来、言葉の暴力を防ぎ社会的少数者を尊重するための原理であったが、現代日本では「意識の高低」を基準とした新たな階層差別を生み出す手段として作用している。
SNSを中心とした言論空間では、ある発言が「不適切」と認定されるや否や、糾弾と吊し上げが行われる。批判する側は「人権感覚に優れた啓蒙的主体」として自己を位置づけ、批判される側を「民度の低い劣等分子」として貶める。この構造において、「平等」や「寛容」は理念として尊ばれながらも、実践においてはその真逆の作用をもたらしている。
リベラリズムの理念的転倒
リベラリズムの核心は、ジョン・スチュアート・ミルが『自由論』において明確にしたように、「他者への害を防ぐ限りにおいて、個人の自由と意見の多様性を尊重する」点にある(Mill, 1859/1961)。しかし今日の日本的リベラリズムは、その原理を逸脱し、「特定の善意」を絶対化する道徳的専制へと変質している。
この現象は、ハンナ・アーレントが『全体主義の起源』で指摘した「善意の暴力性」を想起させる。アーレントによれば、善意が理念として体制化するとき、それは他者の自由を圧殺し、暴力の源泉となりうる(Arendt, 1951/1973)。日本の左派的言説における「人道主義の独善化」は、まさにこのアーレント的警告を再確認させるものである。
また、オルテガ=イ=ガセットは『大衆の反逆』において、「教養なき善意」が社会秩序を崩壊させる危険を説いた(Ortega y Gasset, 1930/1961)。理念を内省的に吟味する能力を欠いたまま、善意の名で他者を裁くことは、文明の成熟を逆行させる。リベラリズムの倒錯は、この「善意の無反省」から生じている。
移民問題をめぐる倒錯の構造
日本において移民受け入れをめぐる論争が生じると、議論はしばしば「人権か排外か」という二項対立に収斂する。しかし、現実には、移民政策は経済構造、労働需給、文化的同化、地域社会の持続性など、複数の次元にまたがる複雑な課題である。これらを「道徳の問題」に還元してしまうこと自体が、問題の本質的理解を妨げている。
「人道主義」という語がもつ道徳的強制力は強大である。ゆえに、それに異議を唱える行為は「悪」とされやすい。しかし、国家という共同体において、まず問われるべきは共同体の構成員の生活と安全をいかに両立させるかであり、それを「自己中心的」と断ずることは短絡的である。真の人道とは、抽象的理念ではなく、現実に生きる人間の尊厳を全方向的に考慮する態度にこそ宿る。
理念の再人間化へ
本稿が指摘したいのは、左派的リベラリズムが掲げる理念そのものを否定することではない。むしろ、その理念を真に生かすためには、「善意の独善化」への自己批判が不可欠であるという点である。
寛容とは、異質な意見や感情の存在を「認める」ことではなく、それらを「耐える」ことである。すなわち、自己の信念と異なる他者をも社会の一部として受け入れる成熟が必要である。アーレントが言う「多元性(plurality)」の尊重は、まさにこの耐える寛容を指す。
日本社会が戦後的道徳の延長線上で培ってきたリベラリズムを、再び生きた理念として更新するためには、理念を道徳的武器としてではなく、対話の媒介として用いる知的勇気が求められる。真のリベラルとは、異論を封殺する者ではなく、異論と共に生きる者である。
参考文献
- Arendt, Hannah. The Origins of Totalitarianism. New York: Harcourt, Brace & Company, 1951. (=ハンナ・アーレント『全体主義の起源』大久保和郎訳、みすず書房、1973年)
- Mill, John Stuart. On Liberty. London: John W. Parker and Son, 1859. (=J.S.ミル『自由論』斎藤悦則訳、岩波文庫、1961年)
- Ortega y Gasset, José. La rebelión de las masas. Madrid: Revista de Occidente, 1930. (=オルテガ=イ=ガセット『大衆の反逆』神吉敬三訳、白水社、1961年)
- Rawls, John. Political Liberalism. New York: Columbia University Press, 1993. (=ジョン・ロールズ『政治的リベラリズム』矢島鈞次訳、岩波書店、1999年)
- Taylor, Charles. The Politics of Recognition. Princeton: Princeton University Press, 1992. (=チャールズ・テイラー「承認の政治」『多文化時代の哲学』河出書房新社、1994年所収)
